第34回東京国際映画祭『オマージュ』シン・スウォン監督TIFFトークサロンレポート

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韓国初の女性映画監督たちに私自身の姿を重ね合わせながらシナリオを書き進めた!


TIFFトークサロンは、来日が叶わなかった監督たちと、オンラインで行うトークセッションである。2021年10月31日に、第34回東京国際映画祭コンペティション部門『オマージュ』のシン・スウォン監督がオンラインで登壇した。


シン・スウォン監督:こんにちは、私は『オマージュ』を監督しましたシン・スウォンと申します。残念ながら東京には行けませんが、東京国際映画祭でこのように皆さまとお会いすることができて、とてもうれしく思っています。私の作品を選んでくださった関係者の皆さま、プログラマーの皆さまに心から感謝しております。


ーー『オマージュ』をご覧になられた方も多いと思いますが、非常に素晴らしい作品で、今回のコンペティション部門に選ばせていただきました。シン・スウォン監督は、以前にも『虹(Passerby♯3)』(2010)という作品で第24回東京国際映画祭のアジアの風部門にて最優秀アジア映画賞を受賞をされており、二度目の上映になると思います。再び、東京国際映画祭にお迎えすることができて光栄に思っております。


シン監督:本当にどうもありがとうございます。私も感慨深いです。約10年前に『虹』という作品で受賞させていただきました。今年は残念ながら、現地には行けませんけれども、選出していただきまして、本当にありがとうございます。



《 Q & A レポート 》


ーー最初にフィルムアーカイブに行くシーンがありました。そこで『未亡人』という映画を撮ったパク・ナモクさんという、韓国初の女性映画監督の説明がありました。そして、次のコーナーでは、ホン・ウノン監督の『女判事』が紹介されました。今回なぜ、このように実在した韓国初期の女性映画監督にスポットを当てられたのか、どのようにシン監督が彼女たちを発見されたのか教えてください。


シン監督:私が2010年に『虹』という作品を撮った翌年に、テレビのドキュメンタリーを撮らないかという提案を受けました。そのドキュメンタリーが「カメラを持った女性たち」という内容で、45分ほどのドキュメンタリーでした。そのために資料調査をすることになり、1960年代に韓国にも女性映画監督がいたことを知りました。それまで、私は全く彼女たちの存在を知らなかったのですけれども、その取材をしたことによって、いつか映画にしたいと思うようになりました。韓国初の女性映画監督はパク・ナモク監督で、『未亡人』という作品を1本撮っていたのですけれども、それ以降は撮っていません。そして、2番目の女性映画監督がホン・ウノン監督で、パク監督の友だちでもありました。ホン監督は『女判事』の他にも、2本の映画を撮っており、全部で3本の映画を撮っています。私がドキュメンタリーの取材に行ったときには、ホン監督はすでに亡くなられていました。ですから、ホン監督の娘さんとお会いして、ホン監督と一緒に仕事をしていた編集スタッフの女性にもお会いしました。私は、彼女が作った3本の全作品をぜひ観てみたいと思ったのですけれども、3本ともフィルムが残っていませんでした。女性映画監督第1号のパク監督や第2号のホン監督にしても、1960年代に女性が映画監督として仕事をすることは、大変なことであったと思います。当時は、保守的な環境でしたので、その中で、一般の人たちとは違った形で熾烈な戦いをしていたと思います。まずは自分との戦い、そして、他人の視線と戦いながら、彼女たちは生き残りました。


このように、ホン監督の取材をしながら、過去の事実を知ることになり、彼女たちが抱えていた苦悩や苦難を知るようになりました。それ以降、映画を撮る上で様々な悩みを抱えていた私自身の姿と重なりました。このようなことから、これをモチーフとして、いつか映画にしたいと思いました。映画を制作する中で、辛いときや疲れたときに、ふと彼女たちのことを思い出しました。そして、取材でお会いした編集スタッフの女性は、かなりの高齢だったのですが、取材が終わってお別れするときに、彼女が帰り際に私の手を握って「昔は、本当に映画を作ることが辛かった。女性として生き残ることは、本当に大変なことだった。だから、シン監督は、これからもずっと生き残って映画を作ってほしい」と私に言ってくださり、皺のある手で私の手を握ってくださいました。私はときどき、その温もりを思い出しました。そんなことがあり、2019年に『オマージュ』のシナリオを書き始めることになり、編集スタッフの女性が私の手を握りながら言ってくださったことを思い出しながら、取材の中で色々と知ったことや、取材を通して得たインスピレーションを基にして、この映画を作ろうと思いました。ちょうど『女判事』のフィルムも発見されました。数年前に、ある方が『女判事』のフィルムを発見して、映像資料院フィルムアーカイブに寄贈をしたことで、映画の中でも使えるようになりました。そんな風にして、『女判事』という作品や、当時の女性映画監督たち、そして、現在の私の姿を一つにするような形で映画を撮ってみたいと思い、この『オマージュ』のシナリオを書き始めました。


ーーそうすると、映画の中に『女判事』の映像が一部出てきますけれども、全て、最近発見された映像を使われたのでしょうか。


シン監督:発見された『女判事』を映画に使ったのですけれども、主人公のジオンが失われたフィルムを発見して修復し、それを上映した部分に関しては、新たにこの映画のために撮りました。それ以外の『女判事』の映像は、韓国の映像資料院フィルムアーカイブの協力を得て、映画の中で使わせていただきました。


ーー発見された『女判事』の映像は、全部見つかったのですか。カットされて見つかっていない部分もあったのでしょうか、或いは、フィクションとして作られたのでしょうか。


シン監督:私がシナリオを書いているときには、失われたフィルムは無いと思っていました。私は、全てのフィルムが発見されたと思っていたのですが、映像とシナリオを照らし合わせてみると、どうも変だなと思う部分があることに気づきました。撮影を控えていた頃、30分くらいのフィルムが無いことが分かりました。当時のロールにすると、1巻分くらいなのですが、まだ30分くらいの部分が発見されていないようです。おそらく現在も、まだ見つかっていないと思います。


ーー日本でも、復元しようとしたフィルムが完全ではないことがあるのですけれども、韓国でも、1950年代や1960年代では、そういったことがあったのでしょうか。それとも、とくに『女判事』のフィルムが無かったのでしょうか。


シン監督:私の知る限りでは、『女判事』だけではなく、当時の作品のフィルムが残っていないケースが多いようです。私自身は、映画復元の経験はなく、映画の中での復元のシーンをフィクションとして入れました。実際には、フィルムが無いケースが多く、私が取材をしていたときには、ホン監督の作品は3本とも見つかってはいませんでした。聞いた話によると、映画の公開が終わると、そのフィルムを溶かしてレコード版にしたり、帽子のつばなどに使ったりしていたようです。


ーー今回、古い映画館が出てきます。原州のアカデミー劇場を使っておられますが、使用することになった経緯を教えてください。


シン監督:原州にあるアカデミー劇場で撮影をしました。古い映画館を探すのは、本当に大変な作業でした。シナリオを書いている段階から、あちこちの様々なところを探したのですけれども、なかなか古い映画館が見つかリませんでした。今、韓国のほとんどの映画館がシネマコンプレックスになっています。表向きは昔風の映画館に見えても、中に入ると映写室が狭かったり、リモートオペレーティングされていて、映写室の中で撮影ができなかったりしました。そんな矢先に、あるブログを見てアカデミー劇場の存在を知り、その関係者を探してお会いして、劇場を撮影に使わせてもらうことになりました。そのとき、アカデミー劇場は、映画館として廃業していましたが、管理者がいたのです。アカデミー劇場は、文化財として保存することが決まっており、アカデミー劇場の関係者たちが本当に協力してくださいました。そして、その映画館の持ち主である息子さんが中で撮影する許可をしてくださり、撮影することが叶いました。

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初めてその映画館の中に入ったとき、雰囲気がすごく良くて気に入りました。ただ、35mmフィルムのカメラを稼働させる機材がなかったので、美術チームと新たに予算を組んで、映画の撮影のために、35mmフィルムを回せるような機材を作りました。1960年代の雰囲気をしっかりと生かすことになったのですけれども、雰囲気が当時のままであることを感じさせてくれる空間でした。映画の中では、天井に穴が空いている設定がありましたけれども、あれは、あえて映画のために作りました。照明を使い、天井に穴が空いているようにみせており、フィクションで作ったものです。とにかく、劇場の最初の印象がとても良かったのです。私たちが劇場に行き、劇場主が最初にドアを開けてくれたとき、ドアが開くと、そこから光が入ってきて、スクリーンに色々と写ったのです。自動車が通ったときに、それがスクリーン写った姿を見て、「これは映画的だな」と思いました。そんなこともロケハンをしながら発見したアイデアです。そこで3日くらい撮影をしましたが、本当に素晴らしい空間の中で撮影ができたと思います。アカデミー劇場は、当初は売却される危機にあったようなのですけれども、去年、「保存することに決まった」とうれしいお知らせがありました。本当にアカデミー劇場の関係者たちには、助けていただきました。


ーー古い映画館では、外国のポルノ映画のようなエロティックな映画を上映して、お金を取っているように見えたのですが、日本でも、35mmフィルムを上映する古い映画館では、ポルノ映画やピンク映画を上映しているところがあります。韓国では、実際に古い映画館で同じような上映が行われているのですか、それとも、完全に創作なのでしょうか。


シン監督:韓国でも、エロティックな映画は、上映する映画館が決まっていました。同時上映館と呼ばれていた映画館でエロティックな映画をかけていたのですが、今は、私の知る限りでは、存在しないと思います。映画の中でエロティックな映画を用いたことには、理由があります。私がテレビのドキュメンタリーを撮っていた頃、映画館のインサートが必要になり、そのための映画館を探したときに廃業直前の映画館を見つけました。その映画館は、もともとは芸術映画や商業映画をかけていた劇場だったのですが、映画を上映しなくなって10〜20年経って撤去される直前だったところ、その映画館の関係者がお金を稼ぐために、表向きには廃業しているのですが、エロティックな映画をかけていたのです。その事実を知って「これは、アイロニーだな」と思いました。映画の中で上映されていたのは、韓国の『エマ婦人』(1982)という映画です。ポルノ映画ではなく、興行成績も良かった商業映画の作品で、チョン・イニョップ監督が撮られた映画です。その作品を使用するために著作権が必要だったので、「こういう映画を撮りますよ」と連絡して内容をお伝えしたところ、「使っても良いですよ」と言ってもらえました。チョン・イニョップ監督の『エマ婦人』を使わせていただきました。現在、ポルノ映画専門の映画館というのは、私が知る限りでは、ほとんど無いと思います。最近では、エロティックな映画を観るためには、ビデオや動画サイトなどで観ることがほとんどだと思います。


ーーキャストについてお伺いします。イ・ジョンウンさんを主演に起用された経緯を教えてください。


シン監督:私がこのシナリオを書いているときに、ジワン役は誰が良いかとかなり悩みました。以前、キム・ユンソク監督が『未成年』(2019)という映画を撮ったときに、イ・ジョンウンさんの演技が非常に印象的でした。彼女の登場シーンは少なかったのですけれども、とても自然で印象的な演技をみせてくれたので、いつか彼女と映画を撮りたいと思っていました。その後、彼女は『パラサイト 半地下の家族』(2019)などにも出演して、さらに彼女の新しい姿をみせてくれて、とても印象的でした。今回は、40代後半の女優が必要であったのですけれども、韓国では、なかなかその年代の女優は多くはいません。色々と考えた末に、イ・ジョンウンさんがこの役に合いそうだと思いました。おそらく、彼女にとっても、このような役をやったことがなかったと思います。彼女にシナリオを送ってみたところ、何日も経たないうちに、彼女から快く「関心を持っています」という返事をいただきました。そのような経緯で、彼女と一緒に映画を撮ることになりました。


彼女にとっては、初めての主演ということで、プレッシャーもあったと思うのですけれども、本当に彼女と私は、現場でも時間のある限り、たくさんの話をしながら映画を作っていきました。彼女の方が私以上に、色々と悩んで役作りをされたと思います。彼女は、特有の演技ができる女優さんなので、私が書いたシナリオ上のジワン以上により一層、面白くしてくださった部分もたくさんあると思います。そして、彼女は身体の演技が上手で、素晴らしい天性の演技をみせてくれる女優だと思います。本当に身体の演技が上手で、顔の表情もコミカルで豊富で、たくさんの表情を表現することができます。また、静的で静かなドラマにも合う女優だと、今回の撮影をしながら、改めて感じました。現場では、彼女は私と友だちのように接してくれて、たくさんの話をしながら、とても楽しく撮影ができました。

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ーー息子役を演じたタン・ジュンサンさんについて多くの質問がきています。彼の演技力をどう思いますか。彼のどういったところにプロ意識を感じられましたでしょうか。


シン監督:タン・ジュンサンくんは、まだ20歳にもなっていない本当に若い俳優です。私も今年くらいから、彼を注目していました。彼は色々な作品に出演していて、とても印象的な演技をみせてくれて、その演技も非常に自然です。最近では、ドラマ「愛の不時着」(2019)や「ムーブ・トゥーヘブン:私は遺品整理人です」(2021)などにも出演していて、境界線のない俳優であり、何色にも染まることのない俳優だという印象がありました。今回の撮影は、撮影期間が20日くらいしか取れない余裕のない現場でした。彼が出演したのは、4日間くらいでしたけれども、彼としては、長い間、待たなくてはいけませんし、何度もテイクを重ねることができなくて、私としては申し訳ない気持ちでした。そのように、忙しくてタイトな撮影現場の中でも、彼はしっかりと自分の立ち位置を決めて、自分を見失わずに一生懸命に取り組んでくれました。そして、全く物おじせずに演技をしてくれる俳優でした。映画の中で、上半身を脱ぐシーンがあったのですけれども、私としては、まだ若いので、ランニングや半ズボンくらいの姿でも良いのではないかと思って彼に相談してみたところ、最初は、上半身を脱ぐことにモジモジしていたのですけれども、後で「やります」と言って演じてくれました。そんな風に勇敢なところもあります。


本当に、見どころがたくさんある俳優さんだという印象を受けました。こちらがデレクションをすると、それ以上の演技をみせてくれるので、若いということを全く感じさせなかったです。また、「ムーブ・トゥヘブン:私は遺品整理人です」は、非常に長いドラマなのですけれども、主人公としてドラマを一生懸命に引っ張っていこうとするところもあり、これからの活躍が嘱望される俳優だと思います。さらに、イ・ジョンウンさんとは、彼が子役のときに一緒に出演したことがあるそうで、2人はとても仲が良く、現場でみていても、本当の親子のようにみえて驚かされることがよくありました。それから、彼はダンスが非常に上手です。もともと、ミュージカル俳優の出身なので、ダンスもとても上手でした。


ーー最後に、監督から日本の皆さまへひと言メッセージをお願いいたします。


シン監督:皆さまとは、会場でお会いしたいと思っていましたけれども、コロナ禍で行けず、本当に残念に思っております。今回は、わざわざ足を運んで観てくださいまして、どうもありがとうございました。映画の中で、プロデューサーが「私たちは、これからも生きていく。いや、生かされる」という内容を話していたと思うのですけれども、今まさに、私たちは、非常に辛い時間や苦しい時間を過ごしていますけれども、人生は、ただ生かされるのではなくて、皆さまと一生懸命に生きていけたらと思っております。皆さまもファイトで頑張ってください。愛しています。



《 TIFFトークサロンの概要 》

開催日:2021年10月31日

登壇者:シン・スウォン監督、市山尚三(モデレーター)




[ スチール:TIFF/文:おくの ゆか ]



《 『オマージュ』ストーリー 》

仕事に行き詰まった女性映画監督ジワンは、フィルムアーカイブから映画修復の仕事の依頼を受ける。それは、韓国の女性映画監督が1960年代に撮った『女判事』を修復する仕事だった。劇場公開用の35mmフィルムを元にした素材は一部音声が欠け、また検閲によって一部のシーンが欠落していた。その欠落した素材を探す作業は、韓国の女性映画監督がたどった苦難の道のりを明らかにする。

《 作品情報 》

監督:シン・スウォン [신수원]
キャスト:イ・ジョンウン、クォン・ヘヒョ、タン・ジュンサン
108分/カラー&モノクロ/韓国語日本語・英語字幕/2021年韓国

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