映画『異人たちとの夏』レビュー
©︎ 1988 松竹株式会社
映画『異人たちとの夏』(1988)レビュー
「人間らしさ」に気づく人情怪談!
山田太一の世界観を大林宣彦監督が描く話題作!
≪みどころ≫
『異人たちとの夏』は、第1回山本周五郎賞を受賞した山田太一の同名小説を大林宣彦監督が映画化。人間と幽霊の間の愛や情念をノスタルジーとホラーで描いた作品。原作を忠実に描かれており、山田太一の世界観を大林監督流に魅せている。小説の締切りが迫っていた山田太一が銀座の地下鉄の入り口で子どもの頃に家があった「浅草」に目が止まり、呼ばれるようにして浅草へ行き、浅草ビューホテルに泊まって執筆を試みたものの、テレビドラマを書き終わった直後で何も出てこない。旅回りの劇団の劇場に行ってみると、客席に亡くなった父親の後ろ姿に似た人を見つけたことから、原作のアイデアがわいてきたという。劇中で主人公が新橋駅から、ふと浅草に向かって父に出会うシーンは、山田太一自身の話でもある。本作では、市川森一が脚色している。
配給会社はホラーサスペンスを作る予定で大林監督に依頼をしていたという。そして、ホラーも残した形で、ノスタルジックを全面に推し出した作品となったようだ。家族のノスタルジックなシーンに強く心を奪われた者たちからは、ホラーが必要なのかと賛否両論となった後半シーンのために、500万円を使ってハイビジョンが用いられて、実験映画の側面もあったようだ。
主演の原田英雄役は、『蒲田行進曲』(1982年)で世間に名前が広まった風間杜夫。彼は、子役時代には名監督らの映画出演の経験をもつ。演劇活動とともに今の芸名では、日活ロマンポルノで映画デビューし、年に13本出演したと語っている。風間は英雄が表面的にも、心情的にも、変容していく様を好演している。大林作品では、珍しいとされる藤野桂役の名取裕子とのラブシーンも話題となった。二人のシーンでは、プッチーニのオペラ「わたしのお父さん」や前田青邨の絵画「腑分け」などが意図的に使われた。
当初、この藤野桂の役には、秋吉久美子がキャスティングされていたが、大林監督が母親役に変更したという。「サスペンスホラー」をやると思っていた秋吉久美子は、「ホームドラマ」をやることを知って、不満も大きかったそうだが、それを知った大林監督直筆の手紙を読み、撮影に入って直ぐに納得して、逆に楽しんで演じられたと後に明かしている。
父親役の片岡鶴太郎も、大林監督が鶴太郎の江戸弁を気に入って抜擢したという。ただ、山田太一が「あんな太ったヤツの寿司は食えない」と反対したそうで、鶴太郎は減量して撮影に間に合わせたようだ。大林監督は父親の英吉には喜劇王エノケン(榎本健一)をイメージして、エノケンの浅草オペラから「リオ・リタ」を意識して使ったという。
英雄が亡くなった父に会う浅草演芸場の舞台上では北見マキがマジックを行っており、シルクハットから、次々とその後を予感する物が意図的に出てくる。大林監督の起用によって、片岡鶴太郎と秋吉久美子の両親役は、本当に代わりの効かない語り継がれるハマリ役となった。後半の今半別館の家族のシーンは、30年経った今もその素晴らしさが観た者の心をうつ。
心理学者の河合隼雄は、「こころと人生」(創元社:1999)の中で、原作「異人たちとの夏」を取り上げている。河合は、英雄について、外から見たときに「おまえ、どうかしていたぞ」という「中年の危機」を指摘。一歩謝ったら命を危うくし、自分の地位を危うくし、名誉を危うくしていると。一方、中から見た話では、彼は「私は守られている」という確かな実感を得ている。そして、彼が「人間の心の中に、ものすごい深い人間関係というのがあり得るのだ」という体験をしたからこそ、自然に「ありがとう」という言葉が出てくると考察している。
振り返って観ると、本作が河合隼雄のいう「ものすごい深い人間関係」のテーマを大事に扱っていることがよく分かる。「異人」とは「幽霊」であるが、自分の奥深い「人間らしさ」と向き合う自分自身でもあると感じる。お盆や亡くなった大切な人を思い出すときや、自分らしさを取り戻したいときに、また観たくなる作品である。
≪ストーリー≫
中年の人気シナリオ・ライター原田英雄(風間杜夫)は、妻子と別れて仕事部屋で独り暮らし。ある日、同じマンションに住む若い女性・藤野桂(名取裕子)が飲みかけのシャンパンを片手に訪ねて来るが「忙しい」と追い返す。数日後、久しぶりに幼い頃まで住んでいた浅草へ足を運んだ原田は、幼い頃に亡くなったはずの父(片岡鶴太郎)と母(秋吉久美子)に再会する。原田は12歳で死に別れた両親が懐かしくて、少年の頃のように両親の元へ通うようになる。
◻️映画情報
監督:大林宣彦
脚色:市川森一
原作:山田太一
撮影:阪本善尚
美術:薩谷和夫
音楽:篠崎正嗣
出演:風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎、名取裕子、永島敏行、入江若葉、林泰文、奥村公延
1988年/35mm/110分/松竹
◻️監督プロフィール
1938年広島県尾道市生まれ。幼少の頃から映画を撮り始め、大学時代に自主制作映画のパイオニア的存在となる。CMディレクターとして手がけた作品は3000本を超える。映画監督として、日本の映像史を最先端で切り拓いた、まさに「映像の魔術師」。1977年に『HOUSE/ハウス』で商業映画に進出し、80年代の「尾道三部作」は世代を超えて熱狂的な支持を集めた。「同じことは二度としない」と公言。大林監督のフィルモグラフィは1作ごとに異なる実験が行われている。90年代には実験精神溢れる「新・尾道三部作」を製作。近年では、強い反戦の思いを込めた「大林的戦争三部作」を製作。
自主製作映画『ÉMOTION=伝説の午後・いつか見たドラキュラ』(1967年・16㎜)が全国の画廊や大学で上映されて高評価を得る。『喰べた人』(1963年)はベルギー国際実験映画祭審査員特別賞を受賞。『HOUSE/ハウス』(1977年)で商業映画に進出。自身の古里・尾道を舞台にした『転校生』(1982年)、『時をかける少女』(1983年)、『さびしんぼう』(1985年)は「尾道三部作」と称されて世代を超えて親しまれる。『異人たちとの夏』(1988年)で毎日映画コンクール監督賞、『北京的西瓜』(1989年)で山路ふみ子監督賞、『青春デンデケデケデケ』(1992年)で平成4年度文化庁優秀映画作品賞、『SADA』(1998年)で第48回ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞、『理由』(2004年)では日本映画批評家大賞・監督賞、藤本賞奨励賞を受賞。『この空の花〜長岡花火物語』(2011年)、『野のなななのか』(2014年)、最新作『花筐/HANAGATAMI』(2017年)は「大林的戦争三部作」となり、第72回毎日映画コンクール日本映画大賞、第91回キネマ旬報 監督賞を受賞。2004年春の紫綬褒章受章、2009年秋の旭日小綬章受章。
◻️『花筐/HANAGATAMI』公開記念 大林宣彦監督傑作選 特集上映
世代を超えて熱狂的な支持を集める大林宣彦監督『花筐/HANAGATAMI』の公開を記念して、2018年2月10日(土)〜3月2日(金)まで横浜シネマリンにて懐かしい選りすぐりの11作品が上映中。
横浜シネマリン(大林宣彦監督傑作選 特集上映)
交通アクセス
・JR京浜東北線 関内駅 北口徒歩5分
・横浜市営地下鉄 伊勢佐木長者町駅 3B出口徒歩2分
・京浜急行 日ノ出町駅 徒歩5分
〒231-0033 横浜市中区長者町6-95
TEL:045-341-3180/FAX:045-341-3187
映画館公式サイト:http://cinemarine.co.jp/
[写真:©︎ 1988 松竹株式会社、©︎ PSC /文:おくのゆか]
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